福島出身の渡部敏哉さんによる『Thereafter』。311後の故郷の経過写真

日本のフォトグラファー渡部敏哉さん。福島県浪江町出身の渡部さんは、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故で警戒区域に指定された故郷を、定期的に記録してきました。
一枚の写真の上に並ぶ過去と現在。福島のありのままの姿が写っています。

Name: Toshiya Watanabe
Country: Japan
Website : http://toshiyawatanabe.net

あなたは、どのように写真に興味を持って写真活動に取り組むようになりましたか?

私が初めてカメラを手にしたのは、おもちゃ屋さんで売られていたホルガに似たトイカメラでした。
それで当時はやっていたスーパー(スポーツ)カーを撮影したのが、写真に興味を持った始まりです。
高校時代は日本画や油絵を描いていましたが、
大学に入り授業でカメラを使い始めてから写真が自分の表現方法に合っていると感じ、
それ以降写真で作品制作を続けています。

Mamiya6カメラで写真を撮られていると仰ったですが、デジタルよりフィルムの方がお好きですか?その理由を教えて下さい。

B&Wはデジタルを使う機会が増えていますが、カラーでの撮影はフィルムのほうが好きです。
最近のデジタルカメラは良くなっていますが、まだ色のトーンが固く鮮やか過ぎて人工的に感じます。
その点フィルムはトーンが柔らかく自分の目で見た色に近い印象があります。
それにネガフィルムはいい意味で曖昧さがあるのが好きです。

3.11大震災後のあなたの活動や作品、震災直後の福島で写真を撮った時の状況を教えて下さい。

今回撮影している福島県浪江町は、私が生まれ育った町です。
私は大学に進むため18才でこの町を離れましたが、親や親戚、多くの友人がこの町に住んでいました。
私の実家は福島第一原子力発電所からおよそ8kmの所にあり、震災後に放射能の影響で立ち入りが禁止されました。
震災から3ヶ月後の6月、わずかな時間だけ町に入る事が許されたため、
私は家族のアルバムを実家から持ち出した後、時間の許す限り町の風景を記録しました。
過剰にドラマチックに撮影するのではなく、みんなが幸せに暮らしていた頃の町の様子が残せるように。
そうして撮影したのが最初のシリーズ"3 months later"でした。
その後年に数回決められた時間だけ町に入る事が許されたため、年老いた母親を連れ実家に帰り、
母親の大切な荷物を車に詰め込み、地震でぐちゃぐちゃになった家の中を掃除し、余った時間で町の様子を記録しています。

あなたの「その後」シリーズは、2011年6月、2012年に福島の写真で構成されています。 1年間隔で2回数も摂るという、あなたの意図は何でしたか?

私は震災後これまで7度実家に帰っています。
人がいなくなった町はまるで時間の止まったようでした。しかし何度か帰るたびに、通常とは違う時間軸に向けて時が流れているような印象を受けました。
その時間の流れや蓄積を写真で見せられないかと思って2枚の写真を組み合わせたのが”Thereafter"シリーズの始まりです。
シリーズ中の2枚の写真の時間の間隔はいろいろで、たまたま手元にあった震災前の写真と組み合わせたものもあります。

福島第一原子力発電所の事故以来、あなたの人生や考え方はどのように変化したでしょうか。

人が何百年もかけて築いてきた町や地域の歴史が一瞬で無くなってしまう事があるのだと実感し、
何でもない日常が実はかけがえのないものなんだと気づかされました。

私たち多くの人は、日本のマンガやアニメのSF小説のジャンルを読んで育ちました。あなたの写真の中で、それらと似たような風景(シーンや場面)が描かれています。両者の違いは、あなたの作品はフィクションでなくドキュメントということです。あなたは、両者の比較を描いたことがありますか?

確かに震災後初めて入った町は人が誰もおらず、まるでSF映画のセットに入り込んだような印象を受けました。
ただマンガや映画の世界を意識して撮影したことはありません。

あなたのすべての写真家キャリアのなかで、一番忘れられない思い出は何でしょうか。

北の風景を見てみたくて、真冬のシベリア鉄道に乗りウラジオストックからモスクワまで旅をしました。
雪に覆われたシベリアの風景はとても美しく、どこか懐かしさを感じるのもでした。
この時撮影した写真は"Frozen"シリーズとして今後まとめていく予定です。
一部は ここ で見れます。

あなたが写真を創作する時、ヒラメキはいつもどこから来ていますか。

どうでしょう、あまり意識した事はありませんが、
普段目にする風景や本、音楽などいろんなものから刺激を受けています。
何故その刺激が心に届いたのか考えるのが、創作のヒントに繋がっているのかもしれません。

今後、あなたは継続的に福島で写真を撮る予定でしょうか。将来、どんなプロジェクトを計画しているでしょうか。

立ち入り禁止の規制が無くなり町の人が帰れるようになるまでは、この記録を続けていこうと思っています。

写真の初心者に対して、あなたは何かお薦めやアドバイスがあればご教授下さい。

アドバイスと言うより、自分で心がけていることをひとつ。
普段の日常の中でも、自分のまわりには美しいものであふれていると思います。
それらを見逃さないよう、常に新鮮な気持ちで目の前の風景と向き合うように心がけています。

Note: Toshiya Watanabe used his own camera, Mamiya 6, for these photographs.

written by ciscoswank on 2014-03-07 #people #lomoamigo

More Interesting Articles